ペンギンオヤジの舌がん闘病記 Written by ペンギンオヤジ

「壮絶な治療を乗り越えて」なんて言わないで

雑記

「徹子の部屋」に堀ちえみさんが出演されているのを見てみました。

ご存知の方も多いと思うけど、堀ちえみさんは昨年(18年)、ステージ4の舌癌を患い舌の2/3を切除して太腿の組織を移植するという大手術を経験しているんですよね。

手術後も話せるようになるためのリハビリを続けてきたそうです。

そして今回、ようやく手術後初めてテレビで自分の肉声を披露することになったというわけ。

堀ちえみさんと同じ舌癌を患い、同じような手術を経験している私にとって彼女がどのくらい話せるようになっているのか、それが単純に知りたかったんですよね。

約30分の番組中、堀ちえみさんの話す言葉は少したどたどしい印象もあったけど、「とても上手に話せるようになってる」そんな印象を持ちました。


番組終了後、「徹子の部屋」を放映しているテレビ朝日を中心に多くのワイドショーやネットニュースで堀ちえみさんのことが話題にあがってました。

そして、どれも判で押したように彼女のリハビリを「壮絶な」という言葉を使って紹介していたんですよ。

今回の堀ちえみさんだけでなく、有名無名にかかわらず癌患者の闘病、リハビリの様子を表すのに「壮絶な」とか「過酷な」という言葉が使われることがよくある。

だけど・・・と、私は思うのです。

「徹子の部屋」では病室で嚥下の訓練(食べ物などを飲み込む練習)や発生・発語のリハビリをしている様子も紹介されていた。

それに、たどたどしくも一語、一語、丁寧に話している堀ちえみさんの様子を見れば、ここまで回復するのに、彼女がどれだけ頑張ってきたのかは充分に伝わってきた。

しかし、だからといってそれを「壮絶な」と形容するのは、どうなんだろう?


ある調査によれば、日本人の2人に1人が癌になり、そのうち約6割の人は癌が治っているそうだ。

裏を返せば、約4割の人は残念ながら癌で命を落としているということになる。

いくら頑張っても、亡くなってしまう人がいる。

そう思えば、苦しくても、つらくても、治る前提で治療やリハビリを受けられていることは癌患者にとって幸せなことなのだ。

生きるために必死に頑張ってるだけなのだ。

仕事などで、しんどい思いをしながらも必死に頑張ってる人もいるでしょ。

それと同じ。

それに、癌患者が本当に欲しいのは同情でもなく、涙でもなく、未来なのだ。健康で元気に生きる未来なのだ。


日本人の2人に1人が癌になる時代。誰にでも癌になるリスクはある。

だからこそ、従来の何となくのイメージで「癌=死」とか「癌の治療=壮絶」という強い言葉で語るのは、そろそろやめた方がいいと思うのだ。