ペンギンオヤジの舌がん闘病記 Written by ペンギンオヤジ

【闘病記-16】癌の再発転移が見つかるまで

闘病記

ペンギンオヤジ「2018年1月に母を亡くしました。その4か月後、悲しみがまだ癒えぬなか、今度は自分の癌の再発転移が見つかったのです。

今回の記事では、癌の再発転移が見つかるまでの顛末をまとめてみたいと思います。」

【目次】

うすうす感じていた再発転移の可能性

考えるシルエット

18年の5月初旬に癌の再発転移が見つかったわけですが、実はかなり以前から自分のなかで「もしかしたら、再発するかもしれない」というイヤな予感はしてたんですよね。

自分の予感を裏付ける根拠のみたいなものは、いくつかあります。

(1)転移の可能性は否定できないという検査結果

(2)残った左側の頸部リンパ節

(3)母の介護と死による強いストレス

転移の可能性は否定できないという検査結果

17年6月、最初の手術で切り取られた私の舌は顕微鏡検査にまわされました。

その検査結果は・・・「残った舌の組織内にまだ癌細胞が残っていて、それが血管やリンパ節を伝って転移する可能性は否定できない」というものでした。

つまり、手術ですべての癌細胞を取り切ることはできなかった、ということです。

転移の可能性が残っていることから、ドクターからは放射線治療と抗がん剤治療を並行して行うことを提案されたのですが、私はその提案を断ってしまいました。

(でも、最終的には最低減の抗がん剤治療は受けることにしたのですが・・・)

しかし、抗がん剤治療を続けながらも「転移の可能性は否定できない」という検査結果は、その後もおりに触れて脳裏によみがえり、もしかしたら再発するかもしれない、という不安を生むことになったのです。

残った左側の頸部リンパ節

最初に舌癌を告知されたとき、首の左右のリンパ節にも転移している可能性が高い、と言われました。

結局、検査の結果、右側のリンパ節だけを切除して左側のリンパ節は残されました。

でも、手術後も自分の首を触ってみると小さなしこりのようなものがあって、それがずっと気になっていたのです。

本当に左側は大丈夫なのか?!そんな不安がずっと付きまとっていました。

母の介護と死による強いストレス

最初の手術から2か月後、抗がん剤治療を受けているなかで、突然はじまった母の介護。

介護について何の予備知識も、準備もないままに母に振り回される日々が始まったのです。

介護によって受けるストレスは想像以上のものがありました。

それに、介護だけでも大変なのに、私は抗癌剤の副作用とも闘わないといけません。

そんなときに、「ストレスが免疫力を下げ、癌の発生、再発の遠因になることがある。」ということを、何かの本で知りました。

だから、介護と副作用でストレスフルな日々を過ごしている中で、「もしかしたら・・・」と思うことが何度もあったのです。

再発転移が見つかるまでの顛末

懐中時計と人形

⚫︎18年4月末

定期的に受けていた血液検査と診察のために外来を受診したときのことです。

その日、受けた血液検査の結果は「まったく問題なし!」とドクターから言われました。

普段なら、それで「あぁ、よかった」と安堵するところですが、この日は数日前から左首筋のしこりが気になっていたので、ドクターに診てもらったのです。

「少し大きくなってきてるみたいですね」

ドクターはそう言って、6月に予定していたCT検査を前倒しにすることとエコー検査と生検もやりましょう、と言いました。

※生検(生体組織検査)・・・疑わしい箇所の組織を切り取って、顕微鏡検査などを行う検査のこと

⚫︎18年5月1日

血液検査、尿検査、エコー検査、生検を受ける。

検査の後、ドクターからは「念のため、既に入院、手術の予約はしておきました」と言われました。

その日の検査結果はまだ出ていないのに「なんて手回しが早いんだ!!」と思いつつ、専門医が予約までしたということは、それだけ再発転移している可能性が高いんだということを悟り、少しガックリして帰路につきました。

⚫︎18年5月8日

この日は午前中に、X線検査、CT検査、心電図をうけました。

そして午後、検査結果を聞くために診察室に入った私は、最初にわざと明るく「アウトでしたか?」とドクターに切り出しました。

するとドクターは苦笑いしながら、黙ってうなずいたのです。

その瞬間、私は深いため息をついて、ガックリと肩を落としたことを今でも鮮明におぼえています。

心配していたとおり、左首筋リンパ節への転移でした。

その後、入院、手術、今後の治療や後遺症について説明を聞き、病院をあとにしたのでした。

帰る途中、市役所に立ち寄り高額医療費の「限度額認定証」を再度、交付してもらいました。

家に帰り着き、弟に「アウトだった」というと、少し怒ったような顔をされた。

そういえば、前年に「癌だった」と言った時も同じように「バカヤロー!」と怒って部屋を出て行ったな。

検査では見つからなかった癌の再発転移

聴診器とカルテ

このときの再発転移は、血液検査では見つからず、私が自分からドクターに「首のしこりが・・・」と申し出たことで発見されました。

なぜ、検査で癌が見つからなかったのか?

後日、そのことについてドクターに尋ねました。

血液検査、CT、PET、どんな検査でも100%ということはない、ということだそうです。

「癌は早期発見が大切」と、よく言われますが、検査を受けたからといって、それで100%発見できるというわけではないんですね。

少し話がそれますが、ステージ4の舌癌を公表した堀ちえみさんのことはご存知だと思います。

彼女の場合も舌に違和感を感じて、医療機関を受診したものの最終的に舌癌と診断されるまでに、すごく時間がかかっているんですよね。

報道によると、以下のような感じ。

・18年5月頃:内科でビタミン剤を処方され、歯科でレーザー治療を受ける

・18年11月:痛みがひどくなり歯科、内科、婦人科で「悪性腫瘍ではないか?」と尋ねるも、医師からは「悪性ではない」と言われる

・持病のリウマチ科の医師からは「リウマチの薬の副作用でしょう」と言われる

・19年1月:大学病院で舌癌の告知を受ける

《参考ページ》
堀ちえみロングインタビュー ステージⅣの告知から10カ月、舌がんと食道がんから生還して

別に医師を責めるわけではありませんが、もっと早くに癌の診断がくだされていれば、ステージ4まで進行しないで済んだかも、と思われてなりません。。

話を戻すと、「癌は検査や診察でも、見つからない場合がある」ということは覚えておいた方がいいと思います。

抗がん剤治療はムダだったのか?!

手のひらの上の?マーク

癌の再発転移を告げられたとき「なんで検査で見つからなかったのか?!」ということの他に「抗がん剤治療は効果がなかったのか?」という疑問がありました。

上の方で書いた通り、最初の手術の後、約1年間、抗がん剤薬(TS-1)を服用してきました。

それなのに、癌が再発転移してしまった。。

当然のことながら「抗がん剤治療はムダだったのか?!」って思いますよね。

そのことについてドクターに質問すると、次のような答えが返ってきました。

ドクター「もしかしたら最初は効いていたけど、段々と効果が薄れてきてしまったのかもしれないし、効果があったかどうかは何ともいえない。」

抗癌剤って最初は効いていても、癌細胞の方が段々と薬に対する抵抗力をつけてきて効果がなくなってしまうことがあるんですよね。

またがん細胞の中には、同じ抗がん剤を繰り返し使うことによって、薬に対する抵抗性ができて薬剤が効かない、あるいは効きにくくなる現象(薬剤耐性)が出てきます。そうすると、抗がん剤は次第に効きにくくなり、薬を変える必要が出てきます。
(出典:国立がん研究センターがん情報サービス「再発がんの治療の目標と治療方法

それにそもそも「TS-1」は舌がんに対して明確なエビデンスがあるわけではない・・・というのは事前に説明もされていたしね。。

まとめると、今回の再発転移について抗がん剤治療がムダであったのかどうかは分からない・・・ということです。。

まとめ

まとめ
  • 癌は検査や診察でも、見つからない場合がある(検査は万能ではない)
  • 同じ抗がん剤を使いつづけているうちにがん細胞が抵抗力をつけて薬が効かなくなることがある